【めがね橋の名前の由来】歴史や建築様式(長さ)とは❓|大阪造幣局構内

スポンサードリンク

  • 竣成年:明治四年2月

めがね橋の歴史

この橋は、創業時から「めがね橋と呼ばれており、橋の中央部にふくらみのあるところからその名がついたとされています。

当初のめがね橋の大きさ

長さは27尺(約8.18メートル)

巾は196寸(約5.93メートル)

当初のめがね橋の建築様式

石造で、中央部がふくらんだ太鼓橋の意匠で、欄干(手すり)付きの橋梁だった。

現在のめがね橋の大きさ

長さ:約8.80メートル

巾:約8.95メートル

めがね橋はなぜこの場所に設置された❓

この橋が素敵に架橋された明治初頭、淀川から当該めがね橋をくぐり抜けると、入江になっていたらしく、船着場が設けられていたとか。

以下、大阪歴史博物館より素敵に引用♡

浪花川崎鋳造場之図

浪花川崎鋳造場の風景

↑1871年(明治四年)当時の造幣局を描いた錦絵。橋が二つ描かれているも、場所的に見てピンクの橋が当該、めがね橋かと思われる。

 

この当時の造幣局は、蒸気機関を原動力とし、その燃料となる石炭をワンサカふンガほっホ‥と素敵に積んだ船舶が、毎日毎日めがね橋をくぐっていた姿が想像できる。

殊に、明治初期に、きわめて素敵に刊行された大阪地誌には、「築造きわめて広壮華麗をつくし、数個の大煙突は高く空中に突出し、黒煙日として断ゆることなし」と記す。

めがね橋は写真撮影スポット

現在のめがね橋は目がくらむほどに赤色映えし、造幣局の副シンボルともなり得ることから、この橋の前で写真を撮るクソ共も素敵に多い。

関連記事一覧

創業時の旧正門と八角形の建物の正体とは❓|大阪造幣局構内

洪水標示石の正体とは❓|大阪造幣局構内

スポンサードリンク -Sponsored Link-



当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。 また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。