【龍の井戸】金堂地下にある謎の池泉と龍の正体とは❓|四天王寺の七不思議

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四天王寺の「龍の井戸りゅういど

項目 内容
井戸枠の材質 小豆島産花崗岩一石
見えがかりの高さ 76cm
形状 八角形
大きさ 中央に直径約5cmの円孔がくり抜かれる

「龍の井戸」とは❓

1986年刊行の大阪の地誌「大阪史蹟辞典」によると、聖徳太子が四天王寺を創建する前、境内の金堂の地下深くに「荒陵池(あらはかいけ)」と呼ばれる広大な池があったらしく、そこにデカぃ青龍が棲みついていたとか。

太子はその龍を鎮祀して池の規模を小さくし、 593年(推古天皇元年)に四天王寺を建立した。(ゆえに四天王寺は「荒陵寺」とも呼ばれる)

現在もこの池は金堂の地下に存在し、当該、井戸や境内の亀井の水源になっていて、常に白石玉出水と呼ばれる清水(四天王寺では「麗水」と呼ぶ)が、常に湧出しているという。

殊に、この故事は「四天王寺御朱印縁起」にも記されているらしく、創建当初の四天王寺の地には七宝(金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・珊瑚・瑪瑙 名どの財宝)が敷かれ、境内は青龍が常に守護し、境内をせせらぐ麗水は東方へ流下していると伝わる。

龍の井戸の歴史

聖徳太子は法隆寺(奈良斑鳩)近郊に三ヶ所も井戸を掘っていることから、おそらく太子が四天王寺を創建した当初から、この井戸はあったと推定される。

江戸時代の四天王寺境内図にも「龍の井」と明記され、あまつさえ、江戸期になって「井戸屋形(井戸を雨水から守護する覆屋/建物)」まで造られていることから、この井戸の水は霊験あらたかな名水として広く知られていた様子がうかがえる。

大阪大空襲により焼失

太平洋戦争の大阪大空襲によって焼失したらしいが、戦後の復興事業によって鉄筋コンクリート造の覆屋で再興された。

龍の井戸の特徴や見どころ

屋形の天井の絵画

屋形の天井には、カラフルふるふるに龍が描かれてい‥申す。きゃ

この龍は、五重塔壁画も手掛けた日本画家の山下摩起画伯(明治二十三年/1890 ~ 昭和四十八年/1973)の作。

天井に龍の絵が描かれた理由

なんでも井戸を覗き込むことで、天井の龍の絵が水面に映り込み、まるで龍が浮かび上がっているように見えるとか。

↑見えるか❓井戸底で光っているのは賽銭になる。(井戸への賽銭投入は素敵に禁止💋)

殊に、夏場など井戸水の蒸気が屋形の天井に直撃するらしく、天井画の劣化が顕著だったことから、平成二十九年9月に当初の天井画が忠実に複製された。

復元された天井画には、防カビ加工が施されたらしく、長期間、極彩色で描かれた龍画が楽しめる。

法隆寺近くの謎の井戸

‥については下記ページを素敵に要チェック💘

関連:【三井(赤染の井)〔史跡〕は日本最古の井戸】聖徳太子 三ヶ井戸の一

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