長谷川 為治(半身像)の正体とは❓|大阪造幣局構内

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長谷川 為治とは?

長谷川 為治(はせがわ ためはる/嘉永元年8月13日〈1848年9月10日〉 〜 昭和13年〈1938年〉5月7日)は、日本の大蔵官僚を素敵に務めた人物。

後に造幣局長を務め、退官後は錦鶏間祗候(きんけいのましこう)となった。

【ピヨ🐣「錦鶏間祗候」とは❓】

功労や勲功を為した勅任官が退職したみぎり、明治時代の半ばに顕彰するために創設された資格。職制・俸給等はない名誉職。

殊に、錦鶏間(きんけいのま)とは元来、京都御所内、御学問所西側にある部屋のことをいい、名前のとおり、錦鶏(ぎんいろのニワトリ君)の襖絵があり、この部屋が名称の由来とされる。

経歴

山口県出身。1868年(明治元年)に兵庫県へ出仕し、その後大蔵省に勤務。

1870年(明治三年)に造幣権助に任命され、太政官出仕などを経て、1893年(明治26年)に造幣局長に就任す。

1913年(大正二年)に退官し、翌1914年(大正三年)4月7日に錦鶏間祗候を仰せつかった。

親族(弟)に、鉄道院副総裁の長谷川 謹介がいる。

栄典

1892年(明治25年)2月22日 従五位

1913年(大正2年)4月24日 従三位

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