住吉大社・末社「浅澤社」【初辰まいり巡拝社】

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住吉大社・末社「浅澤社」【初辰まいり巡拝社】

読み方

  • あさざわしゃ

※「あささわしゃ」ではなく、「あさざわしゃ」と読みます。
※「浅沢社」と表記することもあります。また、浅沢神社・浅澤神社とも呼ばれています。

創建年

  • 不明
主祭神

  • 市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)
例祭

  • 5月17日
拝観時間(開門・閉門時間)

  • 6時~17時

【限定!】浅澤社の御朱印

住吉大社では、毎日授与されている3種類に加え、初辰の日のみに授与されている御朱印や、それぞれの摂末社の例祭の日のみに授与されている御朱印があります。

浅澤社の御朱印は、毎月の「初辰の日」と、毎年の「例祭の日」に授与されています。

  • 授与日:初辰の日と10月9日
  • 授与時間:
    初辰の日 9時~16時
    例祭日 9時~17時
  • 授与場所:本宮前御朱印受付(御垣外側、祈祷殿窓口)
  • 初穂料(値段):500円

※初辰の日は、和紙に書いたもの(書き置き)が授与されています。

住吉大社の御朱印所
住吉大社の御朱印については、当サイトの以下のページ↓で詳しくご紹介しています!

2018年11月28日 【期間限定の御朱印があった!】住吉大社の御朱印の「種類・初穂料(値段)・授与場所・授与時間・御朱印など」

浅澤社の歴史(由来)

浅澤社は、古くから弁財天と同一視される女神、市杵島姫命を祀るお社です。

そのため、「住吉の弁天さま」と呼ばれ、特に女性から篤く信仰されてきました。

市杵島姫命および弁財天はもともと水の神であり、最初は住吉大社の本宮(本殿)に祀られる住吉大神(住吉三神)と同じく、海上安全や航海安全の神として、あるいは、当地にあった「浅沢(浅沢沼)」の守護神として祀られたものと思われますが、今では特に弁財天のご神威が強調され、芸能や美容を司る神として信仰されています。

また、女性の守護神としても知られ、「住吉まいれば浅澤社」という言葉が生まれるほど、住吉大社に参拝する女性は、浅澤社へのお参りが必須とされてきました。

このようなことから、芸能関係の職業や美容関係の職業に就いている方、そしてそれらを志す方、職人さん、また、美しくなりたい多くの女性に崇敬されてきました。

なお、浅澤社は、住吉大社において毎月最初の辰の日(初辰の日)に境内の内外にある4社を巡拝する「初辰(はったつ)まいり」で、3番目に参拝する神社です。

「初辰まいり」は、あらゆる「発達」を祈願するものとされ、初辰の日に種貸社、楠珺社、浅澤社、大歳社の順番に参拝すると、より一層力強いご加護が賜れると言われています。

浅澤社の祈祷は、すぐ近くの大歳社で受け付けています。

※初辰まいりの3社目として浅澤社を含めるようになったのは近年になってからで、元々は浅澤社以外の3社を巡るものでした。

「浅沢の杜若」

浅澤社があるこの場所には、昔、湧き水でできた大きな池があり、「浅沢」と呼ばれていました。

また一帯は「浅沢沼」、「浅沢小野(あさざわおの)」と呼ばれる低湿地で、奈良の猿沢の池・京都の大沢の池と並び称される、近畿の有名な名称の1つでした。

浅澤社の縁起についての詳細は分かっていないものの、社名は、この浅沢に由来すると言われています。

絶えず清水が湧いていた池でしたが、昭和に入ってその水も枯れてしまいました。

その後、一時は杜若に代わって明治神宮の花菖蒲が移植されていましたが、地元住民の強い要請により、細江川改修事業の一環として新たな水脈を加えるなど池の整備が行われ、各地から原種の杜若を集めて、1997年(平成9年)、かつて名称として知られていた「浅沢の杜若」が復活しました。

杜若は、毎年5月から6月にかけて、見ごろを迎えます。

浅澤社の杜若を保存・維持し、後世に受け継ぐための「浅澤社かきつばた愛護会」という団体があり、随時会員を募集しています。(年会費1,000円)

杜若は、1987年(昭和62年)に住吉区の花に選ばれています。

住吉区マスコットキャラクター「すみちゃん」

和歌の中の「浅沢の杜若」

浅沢は杜若の名所として、古くから歌に詠まれています。

 「住吉の 浅沢小野の かきつばた 衣に摺りつけ 着む日知らずも」(『万葉集』作者不詳)

恋人を杜若にたとえ、二人が結ばれる日を夢見る内容の歌となっています。

 「住吉の 浅沢小野の 忘れ水 たえだえならで 逢ふよしもがな」(『詞華集』藤原範綱)

浅沢の水は、「住吉三忘(住吉の三忘れ)」、忘貝(わすれがい)、忘草(わすれぐさ)、忘水(わすれみず)のうちの「忘水」であると言われていました。

「三忘れ」の「忘れ」の由来は不明で、忘水に関しては、「辛いことを忘れられるほど美しい」「途絶えたかのように見えるが、人知れず湧き出て流れる水である」などの意味があるとも考えられています。

「絶えずあなたに会いたいものです」という気持ちを詠んだ、恋の歌となっています。

 「すみよしの 浅沢水に 影みれば 空行く月も 草がくれつつ」(津守国助)

津守国助は、鎌倉時代の住吉大社の神主です。

浅沢の水に月が映り込む様子を歌っています。

 「いかにして 浅沢沼の かきつばた 紫ふかく にほひ染めけん」(藤原定家)

『小倉百人一首』の選者として知られる歌人の藤原定家も、浅沢の歌を詠んでいます。

美しい紫色に染まった杜若に、思い人を重ねているようです。

 「むかし見し 浅沢小野の 花あやめ いまも咲くらむ 葉がくれにして」(明治天皇行幸時の御製)

明治天皇は、1868年(明治元年)に住吉へ行幸されました。

それがちょうど杜若の季節であり、浅沢の美しい景色をご覧になった明治天皇が、明治20年(1887年)に当時を思い出して読まれた歌ということです。

浅澤社の御祭神「市杵島姫命」と「弁財天」の関係・ご利益

宗像三女神の「市杵島姫命」

市杵島姫命は、天照大神(アマテラス)が弟神である須佐之男命(スサノヲ)の剣を嚙み砕いた時、噴き出した霧から生まれた宗像三女神と呼ばれる女神の中の一神です。

宗像三女神は、海を守護する神として、福岡県の宗像大社や、広島県の厳島神社、神奈川県の江島神社など、各地の宗像・厳島系の神社に祀られています。

七福神の一員でもある「弁財天」

弁財天は、七福神の一神としてよく知られている神です。

インドのサラスヴァティーという川を神格化した女神が仏教に取り入れられたもので、もともとは河川(水)や穀物を司る神でしたが、後に音楽の神、弁舌(学問)の神となりました。

日本では、元々の水や穀物(農耕)を司る神としての信仰に加え、「弁才天」と書いて芸能、学業に関するご利益がある神とも、「弁財天」と書いて、金運に関するご利益がある神とも言われて親しまれてきました。

「市杵島姫命」と「弁財天」は同じ神?

この二神の共通点は、水に由来する女神で、しかもかなりの美人という点です。

日本では、神仏習合と言って、神道の神と仏教の仏(神)を同一視する信仰が盛んでしたが、この流れの中で、共通点のある市杵島姫命と弁財天は同一視されるようになりました。

その結果、もともと宗像三女神を祀っていた神社でも、後に祭神(寺の場合は本尊)を「弁財天(弁才天)」とするところが多くなっています。

ご神徳(ご利益)については、それぞれの由来によって、一般的には以下のように分けられますが、そもそも同一視される神なので、ご利益に関しても、区別せずに考えられている場合が多いようです。

市杵島姫命のご利益

  • 海上安全、交通安全、豊漁、商売繁盛など
弁財天のご利益

  • 知恵、財福、戦勝、子孫繁栄、芸能(音楽・弁舌・技芸)など

浅澤社の本殿前には、「藝能を守らせ給ひ婦徳共用を司り給ふ神なり」という案内が出ていますので、どちらかと言うと、弁財天の「芸能・美容・女性守護」の神としての性格が強いようです。

参拝後はお守りを授かる!

浅澤社のお守りは、住吉大社の本社御守授与所(本宮前)で授与されています。

美容守護の美咲守」と、美容(愛想)・芸能にご利益があるとされる「浅澤守」があります。

御祭神に参拝し、ご縁を結んだ記念に、一層のご加護をお祈りし、お守りを授かってみてはいかがでしょうか。

住吉大社のお守りの種類や初穂料(値段)について詳しくは、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。

住吉大社(大阪)のお守りの「種類・効果(ご利益)・初穂料(値段)・授与場所(販売場所)・通販・返納について」


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浅澤社の境内の見どころ

浅澤社は、鳥居をくぐり、すぐの場所に手水舎、正面奥に神門と小規模な本殿があるのみの、こぢんまりとした神社です。

浅澤社本殿

本殿は、石の基礎の上に建っています。

正面・側面共に一間の神社建築としては最も小さなサイズの社殿で、厚みのある切妻屋根が乗っています。

正面にはお供え物用の台があるのみで、階段も高欄もなく、シンプルながら壁は白、柱などは朱色の、美しい社殿です。

妻の部分には、住吉大社の本殿と同じ形の懸魚があしらわれています。

住吉大社本殿の懸魚

本殿の手前には拝殿代わりに屋根が設置されていて、その屋根には奉納された提灯がたくさん吊るされています。

提灯には奉納者・団体名が書かれており、舞踊教室や三味線教室など、芸能関係者からの奉納が多いことがわかります。

また、本殿の正面からはわかりませんが、境内の外に出て後ろを確認すると、本殿の側面から後ろ側にかけては柵が巡らされていることや、屋根に千木と堅魚木(鰹木)が乗っていることがわかります。

鳥居

鳥居は、住吉大社の本宮前のような、柱が角柱の住吉鳥居ではなく、一般的な明神鳥居です。

この鳥居や境内を囲む玉垣、境内の燈籠などにも、奉納者、あるいは、池の整備に協力した方と思われる人や団体の名前が刻まれています。

参道は、杜若が植えられた池を渡る橋のようになっており、その先の境内は、池の中島のように見えます。

普通、神社建築の屋根に瓦は用いませんが、浅澤社の鳥居から見える手水舎と神門の屋根は瓦葺で、神仏習合の信仰の形が残っているのが実感できます。

なお、本殿とその手前の拝殿部分の屋根は銅板葺となっています。

手水舎

蓋がしてありますが、手押しポンプがある井戸があり、その脇に手水鉢が置かれています。

手水鉢に水を灌ぐ部分は、何かの頭に見えます。

水を司る弁財天と関係の深い蛇でしょうか、それとも龍でしょうか。

神門(休憩所)

神門の内部、斜め格子の内側は、ベンチのようになっていて、腰を掛けて休憩することもできます。

特に像や装飾などはありませんが、天井には、多くの赤い提灯が掲げられています。

神門手前の左右には、狛犬が鎮座しています。

向かって右は口を開いた阿形の狛犬で、左は口を閉じた吽形の狛犬です。

右の狛犬の台座には「奉」、左の狛犬の台座には「獻(献)」の文字が、それぞれ刻まれています。

向かって右側の狛犬

池の社碑と石燈籠(常夜灯)

鳥居を出て、境内に向かって右側の池には、社碑が建っています。

 「官幣大社 住吉神社 境外末社 浅澤神社」

官幣大社(かんぺいたいしゃ)とは、戦後廃止されるまで続いていた社格(神社の格付け)の中で最高位に格付けされた神社のことで、朝廷(天皇、後続)ゆかりの神社が選ばれています。

境内向かって左側には、大きな石燈籠があり、「常夜灯」と刻まれています。

かつては夜な夜な灯りが灯っていたのかもしれません。

この石燈籠には、浅澤社の境内から、一応、石橋が渡されていますが、閉鎖されているので、くれぐれも渡らないようにお願いします!

浅澤社の場所

 

画像引用元:住吉大社

澤社は、住吉大社の境外末社です。

卯の花苑と武道館の間を通って住吉大社の境内を出て、徒歩約1分の場所にあります。

お守り・御朱印は住吉大社境内で授与されています。

※大きな境内図はコチラからダウンロードできます※

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